『決定版 福島の放射線衛生調査』

『決定版 福島の放射線衛生調査』
―低線量率だった福島の真実と20km圏内の復興 (高田純の放射線防護学入門シリーズ)

高田 純 (著) ¥1,944

まえがきより

 放射線防護学を専門とする科学者の私は、東北から関東の太平洋沿岸が大地震と津波に襲われたあの日からの4年間を、ものすごく長く感じています。いまだに福島20km圏内が復興できていない状況について、情けない気持ちでいっぱいです。

 あの日、都内にいて、全都の交通麻痺による大混乱を目撃しました。翌日の夕方には、専門家として福島第一原子力発電所の軽水炉事故の放射線レベルを分析し、ネット配信していました。

 文京シビックセンター1階の展示ホールで、都民向けに、急きょ放射線セミナーもしました。報道にも対応しました。翌4月から現地の放射線衛生調査を開始し、県民国民の不安に応える活動を、今も継続しています。

 広島から始まり、世界のもっと酷い核爆発災害の調査をしてきた私は、当初、福島の事例は速やかに解決するものと信じて疑わなかったのでした。しかし日本全体は、誰も死んでいないし、死なないわずかな放射線で混乱する情報に翻弄されてしまいました。国のトップがいけなかった。そして、全原子力発電所が停止させられ、電力供給に余裕がなくなるばかりか、4年後の今も、国民と産業界は電気料金の値上げを強いられるという異常事態のままです。

 本書は、震災元年に緊急出版した線量調査『福島 嘘と真実』に続く、その後の4年間に行った筆者の福島放射線衛生調査報告の決定版です。

 あの3月、福島第一原子力発電所内で緊急作業を頑張った東電職員や協力企業の作業員、災害対処に臨んだ陸上自衛隊員らの線量、緊急避難させられた周辺住民の線量が明らかになります。そして、チェルノブイリ事故の黒鉛炉の暴走と、原子炉反応が停止した福島の軽水炉事故の根本的な違いも明らかになります。

 福島全県の広範囲な放射線衛生調査から見えた県民の低線量の事実、その後の急速な放射能の自然減衰、福島第一原発での冷温停止と放射線物質封じ込めの成功、近海の放射線濃度の超低レベル、全国の原発の安全性強化の取り組み、20km圏内の線量大幅低下と復興策を、本書で報告します。

 福島の軽水炉事故災害が低線量で県民に健康被害が生じない科学の全貌と、これからの復興再建、そして国民の脱放射能当てるギーに役立つ情報となると信じています。

権力と非科学

 盲目の6人が大きな象の一部だけを触って、それぞれが感想を話す。足を触った人は「柱のようです」と言います。尾を触った人は「綱のようです」と、鼻を触った盲人は「木の枝のようです」と話します。耳を触った人は「扇のようです」と言い、腹を触った盲人はあ「壁のようです」と、牙を触った人は「パイプのようです」と話しました。

 それを聞いたインドの王様は答えました。

 「皆さんの話は正しい。話が食い違っているのは、あなた方がゾウの異なる部分を触っているからです。ゾウは、あなた方の言う特徴を、全て備えているのです」

 群盲象を評すというインド発祥の寓話は、日本でもよく知られています。一部の事柄を取り上げて、自分が正しいと主張して対立が深まるのが常ですが、全体を見渡す必要があるわけです。

 巨大地震と大津波が原因で生じた福島第一原子力発電所の放射線災害について、果たして私たちは、こうした象の一部を撫でていることになっていないでしょうか。

 中世末15世紀のヨーロッパでは、悪魔と結託してキリスト教会社会の破壊をたくらむ背教者とする魔女の概念が生まれて、それを弾圧する大規模な魔女裁判が発生しました。いわゆる魔女狩りは、16世紀後半から17世紀にかけて最盛期となります。数百万人が犠牲になったといわれています。

 魔女狩りの事例の多くは社会不安から生じる集団ヒステリー現象であったとも考えられます。福島第一原発の炉心融解事故の後、放射線災害の全体を見渡さず、専門家を御用学者呼ばわりする魔女狩りに通ずる集団ヒステリー状況が、日本社会にも湧き起こりました。福島県民は放射能による言われなき批難と差別を受け、政府命令で、自分らの故郷さえ帰ることもできなくなってしまったわけです。

 この集団ヒステリーは、国家の重要基盤である電力供給をも脅かす全原子力発電所の停止を生じさせています。この背景には、除染利権、海外石油資本、日本国弱体化を狙う一部勢力の暗躍があります。

迷信から科学へ

 ガリレオ・ガリレイ(1564~1642)は1597年にヨハネス・ケプラー(1571~1630)に宛てた手紙の中ですでに地動説を信じていると記しています。しかし、17世紀初頭までそれを公言することはありませんでした。

 主に3点(木星の衛星、金星の満ち欠け、太陽黒点)の観測の証拠から、地動説が正しいと確信したガリレオは、次第に地動説に言及し,1633年、宗教裁判により終身刑となり、直後に軟禁に減刑されました。

 その後、アイザック・ニュートン(1643~1727)によって力学という物理学が完成し、太陽系の運動の物理は解明されました。1769年に、ジェームス・ワットによってエンジンが発明され、近代科学が産業革命をもたらしました。こうして、迷信による社会ヒステリー・魔女狩りは衰退していきました。

 1992年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、この宗教裁判が誤りであったことを認め、ガリレオに謝罪しました。権力の非化学が改められるまで、360年近くも経たのです。

 2011年3月11日以後の日本の民主党政治権力がまさに非科学の暴走でした。2012年12月に自民党安倍政権に移行しましたが、その非科学は惰性で走っています。

 現代文明の基礎は科学にあって、迷信では立ち行きません。21世紀、核放射線技術は大きな役割を果たしています。エネルギーの発生ばかりか、医学・医療、農業、半導体技術を基礎とした情報通信技術から、宇宙の解明、生命科学、そして考古学まで、核放射線技術なしでは成立しません。

 放射線とは、物質が放射したエネルギーのことで、人体が吸収した量が線量です。太陽が核融合反応で放つエネグリーなしに、地球に生命はありえません。地球に半減期13億年のカリウムの放射能がなければ、人体の生理は維持できないとの研究もあります。カリウムは人間の必須元素です。

 放射線化学の人類への多大な貢献は、W.レントゲン(X線の発見)から始まり、マリーとピエール・キュリー、A.ベクレル(放射能の発見)、M.プランク(放射の量子論)、A.アインシュタイン(相対性理論と光子)、湯川秀樹(素粒子論)、F.クリック(DNA分子のX線解析)、A.マーコック、G.ハウンズフィールド(X線断層撮影CTの開発)、小柴昌俊(宇宙ニュートリノの観測)など多くのノーベル賞が示しています。山中伸弥教授のiPS細胞の発見も、こうした放射線科学の成果がなければありえませんでした。

 本書出版の企画進行中に、赤崎勇、天野浩、中村修二の3人の日本の物理学者が、青色発光ダイオードの発明でノーベル賞を受賞しました。長寿命で効率の極めて良い光源を人類にもたらす貢献が授与の理由です。日本は放射線科学の世界の中で、大きな役割を担い続けています。

 どの技術にも、正負両面があります。正の貢献が大きい科学技術ほど、負の影響の研究と帽子にも、力を注がなくてはいけないのは当然です。核エネルギーの平和利用の分野で、この負の分野の研究開発で反省が求められるかもしれません。人は、そうした負の研究を軽視する傾向にあるようです。

 ただし、必ずしも一般国民や、民間企業だけの話であhなく、これは政府の最もすべき仕事のひとつです。東日本大震災で、津波対策にみる国土強靱化、原子力緊急時における政府事故対策本部の初動の遅れと機能不全、放射線災害時の周辺住民の雛入道における二次災害誘発、20km圏内のブラックボックス化など、政府自体に猛省が求められています。

 放射線災害の科学で最も重要な調査は、被災者たちの線量の理解です。ですから、福島第一原発内で活躍した東電職員・協力企業の作業員、オンサイトで展開した自衛隊員、周辺住民ら福島県民、周辺県や東京都民たちの実線量の解明は重要です。

 その数値を示すこと、そして、その線量値から健康影響である結果を判断し予測することに最大限、筆者は取り組みました。世界の核放射線災害の現地を調査してきたので、それらと福島を比較することで、相対的にリスクを判断することも可能です。

 その結果は、地震波の検知で自動停止した軽水炉の事故だった福島は、人体被害がない低線量でした。一方、黒鉛炉が暴走したチェルノブイリは高線量で、30人が急性死亡するほどの事故でした。屋内退避が打倒だったにもかかわらず、無謀な緊急避難を政府が指示したため、入院患者など医療弱者が70人も死亡しています。

 震災当時の政権がブラックボックス化してしまった福島20km圏内の線量を解明することに、生存する牛たちの調査を通じて、浪江町の人たちとともに、筆者は取り組んできました。広島・長崎が速やかに復興したように、その地域を復興させるべく、線量率が大幅に低下している科学情報を示します。

正しい放射線の知識の普及

 12月3日、衆議院会館にて、日本が中心となって国際的な科学者の共同で開催する「第1回放射線の正しい知識を普及する研究会」の計画が進んでいました。筆者はプログラム委員長として取り組みました。英語名は、Scientific Advisory Meeting for Radiation and Accurate Informationで、SAMRAI2014です。実際には直前に衆議院が解散し、12月2日の告示となる総選挙と完全にぶつかり、放射線議員連盟も主催者となる本会は、翌年3月24日に延期となりました。

 本書の出版は、この開催に合わせるように企画し、遂行していました。8月に執筆終了し、多くの国民に読まれた前著『世界の放射線被爆地調査』と同じ出版社の企画として進んでいました。しかし、その出版社は、低線量も安全視しない姿勢から、この書き下ろし原稿を読んだ後、刊行できないとしたのです。これこそが21世紀の迷信による魔女狩りと見ました。

 本書は、核放射線技術の負の側面である災害問題の科学を徹底的に研究してきた筆者が、放射線防護学、放射線衛生学の専門家として、福島第一原子力発電所の放射線影響の全貌を解明するために取り組んだ過程と、これまでの結果を、全ての被災者と国民に示し、共有することを意図しました。

 群盲象を評す喩えに習い、部分ではなく全体像を、迷信ではなく科学をもって、平成に起きた福島放射線災害の正しい知識を理解し、20km圏内の速やかな復興に本書が役立つことを願っています。

 昭和20年に米軍の核攻撃で壊滅した広島と長崎は、当時の第一級の科学者たちの調査に基づいて、速やかに復興しました。福島も当然復興できます。

 全ての福島県民、緊急時に活躍された東電職員・協力企業の作業員、自衛隊員や東京消防庁隊員、周辺県民都民、そして、福島20km圏内の復興を願う全ての国民に本書を捧げたいと思います。

 科学こそが、福島の復興を切り開き、世界の文明のあるべき未来の姿を示すことができると信じています。科学の放棄は、文明の終焉を招くのです。福島第一原子力発電所事象の放射線科学調査の全貌を確実に残すことに大きな意味があるのではないでしょうか。

2015年4月 札幌にて

高田純

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